ブランド設立の前はどのような活動をされていたのかお聞かせください。

APOCRYPHA.を立ち上げる以前はヨウジヤマモト社でY-3のメンズパタンナーとしてキャリアを積み、その後、独立してREIJI HARIMOTOというレディースブランドを運営しておりました。しかし、一人で運営していた為、病床に伏すことにより活動休止に追い込まれます。ブランドとしての資金繰りの面でも活動再開の目処が立たず、回復後はアンダーウェアブランドとコスメブランドのディレクションを手がけながら、外注でデザインやパターンを請け負っていました。その中で、とある企業が新ブランドを立ち上げ、ランウェイショーを始めるにあたり参画することを持ちかけられました。そこからはそのブランドの企画やパターンの外注を中心に請け負い、自らも企業に対し融資をしながら活動していたのですが、当該の企業の倒産により、借金だけが残る状態に。営業も個人的に請け負っていたので、取引先へ事情を説明に回っていた時でした。ベイクルーズの運営するセレクトショップとコンタクトを取っていた時、現在のAPOCRYPHA.のマーケティング、セールスを手がけている長谷川大に出会いました。とある飲食店で倒産に伴う事情の説明をしている時に彼から「ブランドを立ち上げないか?」と持ちかけられました。そこからは、後先考える事もなく気付けばファーストシーズンの完成に至っていました。

設立から現在、あるいはこれから先も一貫して大切にしていることはありますか?

文脈と理論です。例えば、作るモノに関しては徹底的に学び、おおよそ専門家と対話できるほどに理解していないと成立しないと思っています。それっぽいものは「嘘」ではないのか。どれほど専門的な資料と著書を集め、理解を深め、それを形に変え表現できるかが大切ではないでしょうか。上辺だけのデザインならおそらく純粋な子供の方がよほど得意ではないだろうか。もしそれがデザイナーなら、私はファッションで “活字を描く” 作家でありたいと考えています。

ファッションを好きになった一番はじめの記憶はなんですか?

実家が繊維業一家で、父親もファッションデザイナーでした。決して裕福ではない中、家庭もあり、父は夢であったデザイナーを続ける事を諦め、業態転換に至ります。当時の私自身は特に夢も目標もなく、ふらふらと高校生活を送り、2年ほど留年し、進路もろくに考えていない自堕落な日々を送っておりました。そんなある日、深夜ふと目が覚め父と母の寝室の前を通りかかるとおそらく父のものであろう啜り哭く声が聞こえてきました。ドアの前でしばらく聞いていると「子供が4人もいて、誰一人俺の夢を継いでくれるやつはいないんだなあ。寂しいなあ」と震えた声。そのまま聞いていると、父に悪性の腫瘍が見つかった事がわかりました。僕はそれまで何となく父の背中を見て育ったのもあり、ファッション業界の空気を肌で感じていた事もあり、父の偉大さに気づかされ、また己の不甲斐なさに苛まれました。我々子供に人生をかけてくれた父の夢を、僕が体現しようと想い専門学校への進学を決意しました。その時はまだ、ファッションは、あくまで生活する為の仕事程度にしか考えた事がありませんでしたが、専門学校に入学し、周りを見渡せば感度の高い人間ばかり。意識も高く、正直困惑していました。そこで僕が選んだのはファッションにおける理論武装でした。しかし、個人的に学べば学ぶほど、ファッションの奥深さや、見ていた父の背中の向こうに広がっていた世界が見えてきた事で、縋り付きたくなる程その魅力に取り憑かれていました。おそらく今後どんな苦境に陥ろうともファッションにしがみ付いて生きていくのだと思います。

自身にとってのヒーローやミューズはいますか?

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激動の2020年に制作が進められた2021S/Sコレクションにおいて、特に力を注いだことをお聞かせください。

キャッチーなテーマと直接的な表現、または、後付けのような内面的な表現の多いファッションに対して、クリエイティブはもっと文脈を辿るべきではないだろうか、より深い知見で表現をするべきではないだろうか?と言う想いを投げかけました。パターンにおける解釈と歴史的文脈の再検討から始まり、テーマの文学的解釈と時代背景の調査に時間をかけています。2020年は社会的に激動の一年でした。デジタルコンテンツの強化や、新しい形式の展示会等、新しい打ち出し方を模索してきました。私自身、そういった斬新な取り組み自 体は比較的ネガティブな姿勢で対応して来たのですが、硬い頭で思考していても何も始まらないと言うことを実感しました。もちろん簡単にできる事ではないです。良かれ悪かれ、協力してくれる人達がいて、拙いアプローチで実験的な発信をしてきたのですが、結局はどんな時代であれ、必要な事だけを突き詰めてやる。これに尽きると思います。

差し支えなければ、2021S/Sの制作中に触れた本、漫画、写真集、映画やドラマ、音楽などを教えてください。

『人間の条件』ハンナ・アレント著 ※途中
『悪魔と反復:ボードレール試解』阿部良雄著
『群衆の中の芸術家』阿部良雄著
『ボードレール全詩集(上)惡の華』シャルル・ボードレール著 阿部良雄訳
『ボードレール全詩集(下)パリの憂鬱』シャルル・ボードレール著 阿部良雄訳
『シャルル・ボードレール:現代性(モデルニテ)の成立』阿部良雄著
『ダンディズム 栄光と悲惨』生田耕作著
『イギリス摂政時代の肖像:ジョージ四世と激動の日々』キャロリー・エリクソン著 古賀秀雄訳

今回のために制作を手掛けられたアートワークと一点もののアイテムについてご解説ください。

テーマは「現象」です。ものづくりにおける根本的な思想だけをむき出しにして制作しています。Sakas PRの長坂氏の想いを聴いた時にリンクした自分の気持ちを直感的に表現しています。
科学者が世界の真理を知ろうとする時、物理学を用いて証明しようと試みます。量子力学の中でループ量子重力論というものが存在します。この中でスピンネットワークというグラフが存在し、空間を点に置き換えた “ノード” とそれらを繋ぐ “リンク” で構成されます。それらのつながりが変化を起こす事で、様々な事象を簡潔に可視化することができるものです。パターンを引く時も、点で座標を取り、線で繋ぐわけですが、何かを表現することには、ある程度のルールが求められるわけです。一般相対性理論に求められる形式不変性を保ち、グラフ化するスピンネットワークに置き換えてみると、できあがる服は一種の理論からなる物理現象なのです。ディテールや素材、それらももちろん重要な要素ですが、あくまでも要素なのです。グラフの上に書き足す説明文にしかすぎないのです。あらゆる事象における物理現象は、常に、異形のものに置き換えられ、人と物の中に存在するんだなと。あるいは、人の感情や思考、そこから生まれる人間関係や社会活動すらも、一つの物理現象でしかないのです。私が思う本当に大切なものは、根底にある事実であるという想いから制作しています。

ちょっとだけ寄り道をさせてください。もしも、タイムマシンがあって、一度だけ、どの時代にも、どの場所にでも行くことができるとしたら、どこのどんな場面に向かいますか? 1000年前でも、100年後でもかまいません。

138億年前、無の空間。

パタンナーとしてキャリアを重ねてきたことが、コレクションを形作ることにどのような影響をもたらしていますか? また、ご自身の手で、デザインとパターンの両軸からコレクションを展開されておられると思いますが、そうした制作方法の強みについてどのようにお考えか教えて下さい。

唯一無二の空気感を作る事ができるんです。線は本当に真似ができないんですよ。例えば、袖山を引くにあたり、定規を使い、少しずつズラしながら曲線を描くのですが、クセがでる。それが製品のツラにモロに出てくるんです。線を引く人によってまったく違うんです。外注にお願いするのは時間を買うわけですから、もちろん仕事として大正解だと思います。ただ、その線は外注先が切り売りしてる物なんですよ。素晴らしい線は沢山存在します。その線の上に、意味のないものをデコレーションするなんてただの愚行じゃないですか。以前所属していたブランドに勤めるパタンナーさんには辿れば立ち上げ当時からやってらっしゃる方が数人いて。その方々から枝分かれしてチームが構成されていくんです。過去のコレクションを見ると誰が引いたのか、また誰についてた人が引いたのかがある程度わかるらしいんですよ。線のクセは引き継がれていくんです。あらゆるデザインの基盤になるのは、一本の線。外面だけでなく、内側の仕様に関しても同じで、物の個性や雰囲気は軸である線から滲み出るものなんです。例えば、ポケットの位置一つで布の落ち方は変わるんです。この些細な違いや空気感は、必ずパタンナー出身のブランドには存在します。その数が増えてきた時により色濃く背景として見えてくるのです。その積み重ねが、量販とデザイナーズの差だと思っています。ほんの少しの角度と距離で製品の面構えは大きく変わります。気付く人がどれだけ居るかはわかりません。しかし、すべての人が自然と見分けているのではないでしょうか?